2004.4.7 wed 〜 2004.4.19 mon
でっちあげプレゼンシート。ただし材料費に関してはほぼ予想通りの価格で納品した。アシが出たのは人件費なのである。
長崎県佐世保市でなぜか盛り上がっているYOSAKOI踊り。そのよさ衣裳製作の打ち合わせに担当スタッフでもないのに混ざっていたが、“躍りというより、コスプレ衣裳として捉えたらこれだろ”っとラフで描いたのが、山伏が頭につけている頭巾(ときん:頭襟・兜巾とも表記)をイメージした「よさ衣裳パワーアップパーツ」だった。
絵の状態ではプレゼンとして弱いため、“立体検討モデル?まかせろ!”と造形初心者が名乗りを上げた事から、この泥沼な戦いが幕を開ける。
で当日の夜、図面を起こしスチレンボードへ型取り、球体部分はガシャポンのケースへファンド粘土を押し込めて原型パーツを作成。翌週にはシリコーン型を作ってレジンキャストを流し込み、プレゼンパーツを抜いて、土曜日に着色。同時にでっちあげ帯を作り、うそ衣裳で撮影。翌々週の月曜日にはプレゼンシートを社長に提出するという張り切りよう。“うまくいけば会社でも造形が……しかもそれは仕事として大っぴらにやれる天下御免の商業行為”そんな皮算用で動いていた事は間違いない。
2004.5.7 fri
原型とゴム型
原型パーツと組み合わせたプレゼン原型。
2004.5.10 mon〜5.19 wed
使用箇所が頭から腰のウエストバッグ上へ変更になり、それに合わせて一回り小型の原型へ改修して作業を進める事となった。シリコーンの型取り、レジンキャスト注型、パーツ抜きの作業が延々と続く。会社で会社で仕事造形、自宅で趣味造形などとゆー甘い生活設計はあっと言う間に吹き飛び、ひたすら会社で残業、仕事としての利益は望めない上に通常仕事が出来ない分を他の人間がひっかぶってしまうという弊害を生み、申し訳ございませんな立場で作業を行う事になる針の筵状態。昼休みだけを唯一の趣味時間としてWF用の原型製作へ充てるという窮地に追い込まれる。どんどん削られていく時間が恨めしい……そんな状況の中で抜いてまくった165個あまりのパーツ。それを紙ペーパーによる研磨、ブレーキクリーンと中性洗剤、クレンザーによる離型剤落としと、すべて自分の手を通して行ったという工程自体には“がんばったな自分”と褒めてやりたい物ものがある。が、それは次の悲劇が起こるまでのわずかなひとときでしかなかった。
2004.5.20 thu 〜5.23 sun
5月18日に“納期一週間繰り上げ”を告げられ、残る塗装作業を急ピッチで仕上げなくてはならなくなる。急造ブースをライトテーブルにのせ、プライマーも吹かずにラッカースプレーを直塗り開始。たちまち室内にこもる溶剤臭。わき起こる非難の声。木・金の2日間で表3回、裏2回の重ね塗りを行う、自宅でも絶対やりたくない溶剤地獄。“立体造形も手がけるグラフィックデザイナー”の看板は早々にひっこめる結果となる。周囲の迷惑も考えずに突っ走ると社会的信用を落とすのだ
レジンキャストへの塗装も始めての経験。ここで得たノウハウは、ガンド・ロワの塗りに活かされるだろう。
上から時計回りに塗装前のレジンキャストパーツ。塗装・クリアー仕上げの完成品。手塗りのプレゼン用モデル。
リキテックス絵具+ジェルメディウムの顔料をペタペタと文字が彫られた溝へ埋めていく……これを二度繰り返して厚みをつける作業で陽は昇り陽は沈み、軽はずみな言動が招いたこの顛末。後悔役立たず…… 二泊三日で塗り終了。1日置いて5月25日にクリアー塗料で仕上げて任務完了。後に追加発注で10個ほど作成したがチャッチャと仕上げた。いかに3桁のオーダーを一人でやる事の無理加減が判ろうというもの。
公式仕事のため製作コストは非公開とさせていただく。材料費だけなら“案外安い”と思われるだろう。問題は人件費と製作日数がまったく引き合わないのである。半月もつきあっちゃいけないのである。記録には「ラブタコス」初の商業作品として残るものの、記憶には残したくない出来事を抱えた悪夢の半月だった。ヘロヘロ〜
(2004.6.7記)
2004年6月5日に行われた「YOSAKOIさせぼ祭り」の公式PRチーム、させぼ飛躍年隊の演舞披露。腰のバックルに秘められた悶々がひときわ目立ってくれる事を祈る。採算のあわない仕事をあえて認めてくれた会社の度量に感謝。